-(社)日本脳神経外科学会主催研究(UCAS Japan)成果についてー

はじめに
危険なクモ膜下出血の原因となる未破裂脳動脈瘤の自然経過について、一般社団法人日本脳神経外科学会(以下本学会)は、2001年から学会を挙げて全国規模の前向き観察研究(UCAS Japan)を行ってまいりましたが、今般、その研究結果が国際的に影響力の大きいNew England Journal of Medicine誌に掲載されました。クモ膜下出血の予防に重要な事項ですので、本学会として一般の方々のためにわかりやすいように以下の解説を作成いたしました。関心をお持ちの皆様には、ぜひご一読ください。
今回発表された研究へのご質問や、これに関連するお問い合わせは、本学会広報委員会(jns@jnss.or.jp)までお願いいたします(個別の事例や医療相談に類するご質問にはお答えいたしかねますので、あらかじめご承知おきください)。

UCAS Japan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆(しっかい)調査)とは
本学会は、わが国での治療例、非治療例を含めた全ての未破裂脳動脈瘤を調査してその自然歴(特別な治療をしなければどうなるのか)、および治療に関するデータを集め、未破裂脳動脈瘤の適切な治療指針を立てるための基礎にしたいと考え、2001年1月より未破裂脳動脈瘤悉皆調査を行いました。悉皆調査とは、すべての例を悉(ことごと)く集めて調査することで、この臨床研究のことを Unruptured Cerebral Aneurysm Study of Japanの頭文字を取ってUCAS Japanと呼んでいます。

UCAS Japanの目的
本研究の目的は、本邦における未破裂脳動脈瘤のデータを広く収集し、以下の調査を行うことにあります。
主目的:未破裂脳動脈瘤は、経過を追うとどのようになるのか(自然歴)を調べる
副目的:本邦での診療実態を把握する

今回発表された論文の骨子と補足説明
今回の論文発表では、本研究の主目的である自然歴の解析結果について発表いたしました。
(1)未破裂脳動脈瘤の破裂の危険性について
未破裂脳動脈瘤の破裂は、2001年1月から2004年4月の期間中に調査された成人5720名(6697動脈瘤)において、111名でクモ膜下出血が発生し、全体での年間平均出血率は0.95%でした。出血のリスクは瘤の大きさ、場所(前交通動脈、後交通動脈)、形状(不整形)に影響されることがあきらかとなりました(図1,2,3)。

(図1)

(図2)


(図3)

特に大きさは重要で、動脈瘤が大きくなるにつれて破裂率は高くなることが判明しました。最大径3ないし4ミリの小型動脈瘤を基準にすると、7ないし9ミリで3.4倍、10ないし24ミリで9倍、25ミリ 以上の大型動脈瘤で76倍と破裂率は極めて高くなります。単純に何ミリになれば危ないと境界を引くのは不正確で、場所や形状などの条件によっては小さい動脈瘤でも破裂することがあきらかとなりました。
最大径7ミリ未満の動脈瘤に関しては、特定の場所(前交通、後交通動脈瘤)や不整形のものを除くと破裂率は低く、予防的治療の適応は慎重に検討する必要があるいうこともわかりました(下表)。

 

欧米の研究(国際未破裂脳動脈瘤研究 参考文献1)では、くも膜下出血の既往のない前方循環(おおよそ脳の前半部分)の動脈瘤は小型のものはほとんど破裂しないと報告されておりますが、今回の研究では、日本人においては小型でも特に前交通動脈瘤は比較的高い破裂率を有することが示されました。

(2)未破裂脳動脈瘤の破裂に関係する動脈瘤以外の因子について
これまで自然歴に関与するといわれていた喫煙、高血圧、多発性、くも膜下出血合併(破裂動脈瘤と合併した場合)等の影響はあきらかではありませんでした。しかしながら注意が必要なのは、高血圧や喫煙に関しては未破裂動脈瘤の診断後に修正されている可能性があることです。また外国の報告では危険が高いと指摘されていたくも膜下出血合併例は、本調査では人数が少なく確定的な結果を言うことは出来ませんでした。
これまでの疫学研究から指摘されている高血圧と喫煙については、今後もその対策を継続することが必要と考えています。多発性動脈瘤に関しては、今回の結果からは個々の動脈瘤は単発の動脈瘤と比べて特に破裂のリスクは高くないと判断されました。しかし患者単位でみると動脈瘤の個数分のリスクを有することになりますので注意が必要です。

(3)未破裂動脈瘤の治療適応について
未破裂動脈瘤の治療適応は、治療成績や患者さんの考え方など多くの因子を総合して決められるべきであり、本学会でも脳卒中治療ガイドライン(参考文献2 現行は2009年版が最新)にその見解を示しております。今回のUCAS Japanの結果は5000名を越える日本人患者から得られた貴重なデータですが、例えば全体での年間出血率が0.95%であったことをもって、個別にどのような動脈瘤が治療すべきで、どの動脈瘤は治療すべきではないと短絡的に結論付けることはできません。繰り返しになりますが、未破裂動脈瘤をお持ちの個々の患者さんについて、治療をする、しないを決めるのは医師と患者さん本人、ご家族との十分なご相談の結果決められるもので、UCAS Japanの結果はあくまでその参考に用いていただくものと考えています。

参考文献

  1. The UCAS Japan Investigators: The Natural Course of Unruptured Cerebral Aneurysms in a Japanese Cohort. N Engl J Med 2012: 366: 2474 -82
  2. 国際未破裂脳動脈瘤研究The International Study of Unruptured Intracranial Aneurysms Investigators. Unruptured intracranial aneurysms— risk of rupture and risks of surgical intervention. N Engl J Med 1998;339:1725-33.
  3. 脳卒中治療ガイドライン2009 脳卒中合同ガイドライン委員会 協和企画(東京)2009年