厚生労働省・厚生科学審議会からの「脳死下での臓器提供施設について」の検討依頼が脳神経外科学会にありました。
これに対して、日本脳神経外科学会運営委員会で検討し、平成15年6月30日に日本脳神経外科学会 会長 と、日本脳神経外科学会 脳死臓器移植検討委員会委員長 の連名で回答しました。下記にその依頼文と回答を掲載します。

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<依頼文>
平成15年5月9日

日本脳神経外科学会長  吉本高志 殿

厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会
委員長 黒川 清

脳死下での臓器提供施設について(依頼)

臓器移植の推進については、日頃より御理解御協力を賜り感謝申し上げます。

さて、現在、当厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会においては、脳死下で
の臓器提供施設について、類型の拡大等についての検討を行っているところです。
脳死下での臓器提供を行いうる施設について、現行の臓器の移植に関する法律の運
用に関する指針(ガイドライン)においては、(1)臓器の摘出は、施設全体の合意
の下、確実に脳死と判定された者から行われるべきである、(2)臓器提供は生前に
可能な限り高度な救急医療を受けたにも関わらず不幸にして脳死となった者から行わ
れるべきであるとの観点から、一定の類型に該当する施設であることとされており、
その脳死下臓器提供施設たりうる施設の類型として、下記に示す4類型が挙げられて
いるところです。
当委員会の議論の結果、現行制度の制定経緯にもかんがみ、別紙の施設類型以外に
臓器提供施設たりうる施設として評価しうる施設類型があるかどうか、貴学会にご検
討をお願いいたしたいということとなりました。
つきましては、下記についてご検討いただき、ご回答くださいますよう、お願い申
し上げます。

1 現在の4類型施設の他に、上記の(1)、(2)の観点を踏まえ、臓器提供施設
たりうる施設として評価しうる施設類型があるかどうか
・ 貴学会が認定されている施設類型
・ 貴学会が認定されている施設類型のうちの一部
・ その他の施設類型

2 その他臓器提供施設に関するご意見

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<回答>

厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会
委員長 黒川 清 殿

平成15年5月9日付の依頼事項につき、日本脳神経外科学会として検討致しましたの
で、別紙の如く回答致します。

平成15年6月30日
日本脳神経外科学会
会長 吉本 高志
「脳死下での臓器提供施設について」に対する回答

日本脳神経外科学会では、脳死・臓器移植法の成立後早期より臓器提供施設からの
相談を受け付ける窓口を設置し、要請があれば脳波検査専門委員を派遣する体制を
とって、脳死・臓器移植が法律に準じて正しく、円滑に行われるように配慮してき
た。
また、これまで臓器移植を前提として法的脳死判定が行われた24例中22例が脳血管
障害と頭部外傷の症例であり、これらの例では脳神経外科医が診断、治療に重要な役
割を果たしている。
更に法的脳死判定が行われた24施設のうち12の大学附属病院を除く12施設中10施設
が日本脳神経外科学会専門医訓練施設A項であり、12の大学附属病院でも少なくとも7
大学病院では、脳神経外科医が主治医として患者の診断、治療を行っている。
このように日本脳神経外科学会及びその所属施設、会員は脳死・臓器移植に関して
可能な限りの協力をしてきており、脳死・臓器移植の現状を考えると国を挙げてこれ
まで以上の工夫、努力を行う必要があることも認識し、理解している。
以上の事項をふまえ、今回厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会から依頼の
あった検討課題と、現在様々な機会に提起されている問題につき、日本脳神経外科学
会としての考えを以下にまとめた。
尚、この回答は日本脳神経外科学会の運営委員会及び脳死・臓器移植検討委員会の
委員の意見を吉本高志日本脳神経外科学会会長及び貫井英明脳死・臓器移植検討委員
会委員長の責任の下に集約したものである。

1.臓器提供施設たりうる施設として評価しうる施設類型があるかどうか。

日本脳神経外科学会では、専門医訓練施設としてA項とC項の施設を認定しており、
2002年度のA項施設は373施設(内大学附属病院80施設)、C項施設は844施設である。
A項施設とC項施設の違いは別紙の如くであり、両者は主として・年間手術件数、・
専門医数、・設備及びカンファランスの開催状況により区別され、毎年専門医認定委
員会で審査を行っている。
この内A項施設は既に臓器提供施設たりうる施設として挙げられているので、今回
検討の対象となるのはC項施設ということになる。
しかしA項及びC項施設は日本脳神経外科学会の専門医訓練施設として認定されてい
るものであり、臓器提供施設として適当か否かは別の問題である。
従って、何らかの公的機関がC項施設に対し、これまでの臓器提供に係わる問題点
(費用、訴訟等)を説明し、手挙げ方式で臓器提供施設になることを希望するか否か
を問い、臓器提供施設としての条件が整っているか否かを審査して認定するという手
続きが必要である。
実際にC項施設はA項施設に比べ脳神経外科専門医数及び手術例が少なく、臓器摘出
の場を提供する等のために必要な体制の確保、臓器提供に関し承認を行う施設内の倫
理委員会等の委員会の設置、及び適正な脳死判定を行う体制の確立等が、困難な施設
が多いと思われる
更に既存の提供施設に対する経済的、人的援助や訴訟対策が充分に行われていな
いのが現状であり、これらの点を解決することが先決である。
これらの点を勘案すると、日本脳神経外科学会としては臓器提供施設として評価し
うる施設類型が存在すると言うことは出来ない。但し、前述の方法、即ちしかるべき
公的機関がC項施設に対し臓器提供施設に関して説明、募集、審査、認定を行う方法
を否定するものではない。

2.その他の臓器提供施設に関する意見

1)臓器提供施設への経済的援助
これまでに法的脳死判定を行い臓器提供施設となった施設への経済的支援は日本臓
器移植ネットワークからの援助だけであるため、提供施設の経済的負担は大きい。
もとより、臓器移植は博愛精神に基づいて成り立っているものであり、臓器提供施
設も例外ではないことは承知しているが、病院の経営が厳しい状況にある現状を考え
ると、国の政策として臓器移植を推進するのであれば、臓器提供施設への経済的支援
が必要であると考える。
その方法として脳死判定料や臓器提供管理料を設定することを要望する。

2)脳死者の臓器提供施設への搬送について
呼吸・循環状態が極度に悪化している脳死者を提供施設へ搬送することに関して
は、搬送途中での管理が難しく実行は不可能に近いと思われる。
また、非臓器提供病院に入院中の重篤な患者が意思表示カードを所持し家族が臓器
提供を承諾した場合、その患者を臓器提供施設に移送することが出来るとする方針を
取ることも慎重に検討して戴くことを要望する。
この場合、より高度の救急医療を行うと言う理由付けをするとしても、臓器移植の
ために十分な治療を行わなかったとの批判が出ることは充分考えられる。
もっと基本的にはお互いの信頼関係で成り立っている病病連携、病診連携に悪影響
を及ぼす危険をはらんでおり、更に基本的な支援体制がない現状で臓器提供施設の負
担を増すことになることも問題である。

3)提供施設への訴訟等について
臓器提供を行った施設に対し、様々な形での批判、訴訟が行われており、提供施設
の精神的、肉体的負担が長期に亘って続いている。
このような状況に対し、国として責任を持って対応する体制を作っていただくよう
要望する。

4)臓器提供施設以外の施設への脳死判定チームの派遣
臓器提供施設の条件として、脳死判定を行える体制が整備されていることという項
目があり、その根底には高度の救急医療を行える施設では当然脳死判定を正確に行え
るという考え方があると思われる。
従って脳死判定チームの派遣を実現するためには指針の変更のみでなく、法的脳死
判定、臓器移植に関する基本的考え方を再考する必要がある。
更に実際に脳死判定チームを派遣するとした場合、派遣のタイミング、主治医団と
の連携、派遣チームの構成、人選、費用、トラブル発生時の対処方法等に数多くの問
題が発生することが予想されるため、慎重に検討することを要望する。

平成15年6月30日

日本脳神経外科学会 会長 吉本 高志

日本脳神経外科学会 脳死臓器移植検討委員会委員長 貫井 英明

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別紙〈参考用)

2 日本脳神経外科学会の専門医訓練施設(A項)について

(1) 当該類型に該当する施設の概要

優秀な脳神経外科医を養成し、世界的にハイレベルな脳神経外科診療を実践するた
め、日本脳神経外科学会では昭和42年より「脳神経外科専門医制度」を実施してお
り、同制度の施行のため、「専門医訓練施設」を整備し、訓練した医師の技量を試験
して「脳神経外科専門医」を認定している。
「専門医訓練施設」は、優れた脳神経外科専門医を養成するための基盤となるもの
であり、以下の指定基準に基づいて、同学会の専門医認定委員会が一年毎に審査し、
基準に満たない施設については指定を取り消すこととしている。(このうち、下記1
のA,Bを満たす施設をA項、Cを満たす施設をC項としている。)

・ 指定の基準
A 原則として年間脳神経外科手術100例以上(そのうち中枢神経系の腫瘍・動脈
瘤・動静脈奇形の直接手術、併せて30例以上。その内訳は、少なくとも腫瘍10例
以上、動脈瘤・動静脈奇形10例以上を含む)を行う施設。
B 当該施設においては専門医が2名以上おり、脳神経外科学的診断に必要な諸設備
を有し、定期的にカンファレンス(臨床、C.P.C.(事務局注:臨床病理カンファレン
ス。病理解剖の後、主治医と剖検担当者を含めてカンファレンスを行うこと。)関連
学科のセミナール等)を行い、原則として脳神経外科疾患の剖検率が30%以上であ
ることを要する。なお、専門医訓練場所として指定を受けようとするときには通算6
年間の研修カリキュラムを専門医認定委員会に提出しなければならない。[註]
C Aの条件を満たし得ない施設も、専門医が1名以上おり、年間脳神経外科手術3
0例以上行う施設は、すでに指定を受けた他の訓練場所における訓練の一環として指
定訓練場所と同等の取扱いを受けることができる。ただしこの場合、すでに指定を受
けた訓練場所の長は、当該施設の特色、同施設内での訓練の内容、期間等について専
門医認定委員会の承認を得るものとする。
[註]A項病院は単独または他のA項あるいはC項病院を関連施設として研修カリ
キュラムを組み訓練に当たることができる。

・ 指定の方法
上記訓練場所の指定は専門医認定委員会が毎年に行うのを原則とする。ただし指定
希望の申し出により随時審査を行うことができる。

(2) 当該類型に該当する施設数
専門医訓練施設(A項):373施設
専門医訓練施設(C項):844施設
合計 :1217施設

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